お問い合わせ
  • 低侵襲治療<経カテーテル大動脈弁植え込み術(TAVI)>

    はじめに

    人口の高齢化に伴って、大動脈弁狭窄症は増加しています。
    重症の大動脈弁狭窄症は、胸痛、息切れ、失神などの症状がでると急激に悪化してしまう病気です。(狭痛が出現したら5年以内に、失神が出現したら3年以内に、心不全が出現したら2年以内に、半数が死亡するともいわれています)
    そのため早めの診断と治療が重要になります。

    大動脈弁狭窄症と診断されたら

    大動脈弁狭窄症は進行度合いによって治療法が変わってきます。
    軽い症状の場合は薬による治療で経過をみます。
    重症の場合、従来は開胸人工心肺下での大動脈弁置換術(AVR)が唯一の延命効果のある治療とされていました。しかし、この病気は高齢者に多く、年齢や合併症などのリスクが高く、手術を断念した人が少なくありませんでした。
    このような患者さんにとって、手術と同じような効果を示す新しい低侵襲治療法(ダメージの少ない治療法)として開発されたのが、経カテーテル大動脈弁植え込み術(TAVI)です。

    TAVIとは

    従来の手術と違って、胸を大きく開かず、また、心臓を止めることなく、「人工弁」を患者さんの心臓に装着することができる治療法です。2002年にフランスで始めて以来,世界では ヨーロッパを中心に、これまで10万人以上の患者が治療を受けています。手術後30日以内の生存率:93〜95%、手術後1年間の生存率:70〜85%と報告されています。
    現在、日本でTAVIを受けられる病院は限られています。
    (2017年9月:約127施設)

    我が国で用いられるデバイス

    バルーン拡張型生体弁(エドワーズライフサイエンス社)

    ・バルーン拡張型ステント
    ・弁のサイズ:20mm, 23mm, 26mm, 29mm
    ・アプローチ:大腿動脈アプローチ/経心尖アプローチ

    自己拡張型生体弁(Medtronic社)

    ・自己拡張型ステント
    ・弁サイズ:26mm, 29mm
    ・アプローチ:大腿動脈アプローチ/腸骨動脈アプローチ/鎖骨下動脈アプローチ/上行大動脈アプローチ

    TAVIの実施

    TAVIの手技は、ハートチームという新しい概念で、循環器内科医と心臓血管外科医だけでなく麻酔科、放射線科、リハビリテーション科などが1つのチームとなって実施しています。

    どのような患者さんが適応になるか?

    TAVIは、高齢のために体力の低下や、または合併症などのリスクを持っているため、大動脈弁置換術を受けられない患者さんが対象になります。適応の判断には検査を実施し、医師の診断が必要です。ぜひ、当院にご相談下さい。

    現在当院でTAVIを実施した患者さん
    平均年齢: 83歳

    手術後について

    当院では、基本的には全身麻酔で実施しています。
    手術後は集中治療室で観察し、状態が安定していれば同日より食事を開始します(食事に関しては高齢者が多いため、リハビリ科による嚥下確認を行った後開始しています)。
    また、手術翌日からリハビリテーションを開始しています。立位、歩行より開始していますが、モニターを付けてしっかり観察しながら行っています。

    大動脈弁狭窄症やTAVIについての相談(外来受診)

    当院午前の外来を受診して下さい。

    よくある質問

    Q:どのくらいの費用がかかりますか?

    A:2013年10月より健康保険適応になりました。
     また、高額療養精度を利用する場合、費用負担をさらに減らす事が可能です。
     TAVI入院(約7~14日の場合)

    平成29年10月現在
    ※部屋代、食事代は別途必要です。 
    ※あくまでも概算ですので、詳細は窓口でご相談いただくようお願い致します。
    高額療養制度に関しては今後も変更予定があります。詳細は下記をご参照ください。
    厚生労働省:高額療養費精度をご利用なさる皆様
    http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html

    Q:手術前の検査は何がありますか?

    A:超音波エコー、CT検査、心臓の血管造影などを実施し、TAVIが適応になるかを確認します。超音波エコーとCTは外来受診の時に検査できます。

    Q:手術後は何に気を付ければいいですか?

    A:運動や食事については、担当医師と相談しながら進めていきます。定期的な検査、受診は重要になります。また、TAVIの後は、抗血小板薬(血が固まらないようにするお薬)を服用します。

    はじめに

    人口の高齢化に伴って、大動脈弁狭窄症は増加しています。特に70代、80代に急増しており、重症の大動脈弁狭窄症は、胸痛、息切れ、失神などの症状がでると、急激に予後は悪化します。狭心痛が出現した例では5年以内に、失神が出現した例では3年以内に、心不全兆候が出現した例では2年以内に、それぞれその半数が死亡するとされています1)(図1)。従来重症の大動脈弁狭窄症は、開胸人工心肺下での大動脈弁置換術(AVR)が唯一の延命効果のある治療とされていました2)(図2)。しかし、この病気は高齢者に多く、年齢や合併症などのためリスクが高くなり、手術を断念した患者が少なくありませんでした。実際欧米では、外科的治療を受けることができず、未治療のまま経過観察されている患者は全症候性大動脈弁狭窄症患者の3割〜6割に及ぶと報告されています3、4)。手術と同じような効果を示す新しい低侵襲治療法として開発されたのが経カテーテル大動脈弁植え込み術(Transcatheter Aortic Valve Implantation: TAVI)あるいは経カテーテル大動脈弁置換術(Transcatheter Aortic Valve Replacement: TAVR)と呼ばれる治療法です。胸を大きく開かず、また、心臓を止めることなく、「人工弁」を患者さんの心臓に装着することができる治療法で、2002年にCribierら5)が始めて以来、世界では ヨーロッパと北米を中心に、これまで10万人以上の患者が治療を受け、術後30日以内の生存率:93〜95%、術後1年間の生存率:70〜85%と報告されています6)。

    図1

    • ・症状発現後の2年生存率は50%である1)。
    • ・軽微な症状が発現した時点で、速やかに重度大動脈弁狭窄に対する外科的処置を施行することが望ましい1)。

    図2 患者生存率

    • ・症候性患者と無症候性患者の早期および遠隔期予後は、同様に良好であった。%である1)。
    • ・無症候性の重度大動脈弁狭窄患者については、外科的処置が施行されないことが遠隔期死亡の最も重要な危険因子であったことが注目される。

    日本においても、2010年から2012年にかけてバルーン拡張タイプSAPIEN XT○Rの臨床治験が行われ、2013年10月より 保険償還が得られたことでTAVIによる治療が可能となりました。2016年からはSAPIEN 3という次世代のデバイスも使用可能となりました。一方、2011年8月からは自己拡張タイプCoreValve○Rの国内治験が開始され、2016年12月より次世代のデバイスCoreValve Evolut Rシステムの使用が可能となり、それぞれ特徴ある2種類のTAVIが患者さんの病態に合わせて使用されるようになり、急速に手術数が拡大しています。

    我が国で用いられるデバイス(図3)

    バルーン拡張型生体弁

    SAPIEN 3

    Edwards Lifescience社が2004年Cribier-Edwards生体弁を開発し、その後2007年に改良版となるEdwards SAPIEN生体弁(THV-900)でCEマークを取得し、2010年Edwards SAPIEN XT、2016年SAPIEN 3と進化しています(図4)。SAPIEN 3 systemは、バルーン拡張型ステントと生体弁を組み合わせたSAPIEN弁とそれを送達するためのデリバリーシステムで構成されています。 弁はウシ心膜を低濃度緩衝化グルター ルアルデヒド処理にて固定し、石灰化抑制処理としてThermaFix処理したものを用いた3葉組織弁であり、X線不透過のコバルトクロム製ステント(フレーム)に取り付けられています。 さらに大動脈基部との密着性を高め、弁周囲逆流を予防するためにPET(ポリエチレンテレフタレート)製カフがフレー ム下部とアウター部分に縫着されています。SAPIEN 3モデル(図5)では弁葉形状がscallop shapeとなり外科用生体弁とほぼ同一に改良されました。現在我が国で使用できる弁サイズは20mm、23mm、26mm、29mmの4種類で大動脈弁輪径16 mm〜28mmまで対応可能となっています(図6)。Delivery systemは経心尖アプローチにて使用するAscendra+ system(24 Fr)と経大腿アプローチにて使用するロープロファイル化されたCommander system(14〜16 Fr)の2種類のballoon catheter systemがあり(図7)、いずれのアプローチにおいても、高頻度右室ペーシング下に短時間でballoonを拡張することで弁を大動脈基部に圧着固定します7)。

    図4

    上:SAPIEN 3 左:斜めより、中:真横より、下:真上より
    中:上:SAPIEN弁留置時、下:NovaFlex Delivery System

    図5 SAPIEN 3

    ①:革新的なアウタースカートデザイン
    ・弁輪部とステントの隙間をなくし、弁周囲逆流を極小化
    ・優しい拡張を可能にし、出血リスクの低減
    ②計算されたフレームデザイン
    ・クリンプ時の低プロファイル化と、留置時の高いRadial strength(内腔保持力)を同時に追求
    ・留置後に正円性が維持されるため、良好な血行動態と高い耐久性を実現
    ③信頼性の高い弁尖
    ・長年の実績に裏付けされたウシ心のう膜を採用
    ・カーペンターエドワーズThermaFix 抗石灰化処理により、弁尖の石灰化リスクを軽減

    図6

    図7

    自己拡張型生体弁

    CoreValveEvolut R

    Medtronic社が2004年に留置に成功した。本邦においても2011年8月から自己拡張生体弁CoreValve○Rの国内臨床治験が開始され、2016年12月より次世代のデバイスCoreValve Evolut Rシステムの使用が可能となっています。CoreValve Evolut Rはデリバリーカテーテル(18Fr)、生体弁、ディスポーサブルローディングシステムからなります(図8)。弁はX線不透過性のナイチノール製フレームで形成され、弁輪部、弁開放部、大動脈部の3部分から構成され、3葉はブタ心膜からなります。日本でのデバイスサイズは23、26、29mmであり、18〜26mmまでの弁輪径に対応しています(図9)。デリバリーカテーテルは18Frですべてのサイズに対応可能です。アプローチ法は大腿動脈、腸骨動脈から逆行性に挿入するようデザインされていますが、 鎖骨下動脈、 上行大動脈からのアプローチも可能です(図10)。特徴としては自己拡張型であり、留置に一定の時間を要し、留置時に高頻度右室ペーシングは必ずしも必要ではないことがあげられます。術後ペースメーカー挿入率がバルーン拡張型弁よりもやや高いことが報告されており、デバイスの中枢側が左室流出路付近の刺激伝導系を傷害すると推測されていますが証明はされていません。またブタ心膜の長期遠隔期成績が検討課題としてあげられています。前世代のCoreValveと比較してEvolut Rデリバリーシステムの大きな特徴として、リキャプチャーとリポジションを最大3回まで行うことが可能、つまり留置の修正が3回までなら可能ということです。CoreValve Evolut Rの弁は自己拡張型ステントと生体弁を組み合わせたシステムです(図11)。弁はブタ心膜6ピースを用いて作製された3葉弁+スカートの構造となっており、nitinol製ステントに縫着されています。 特徴的な杯状形状を持つステント骨格は、下部からinflow portion、constrained portion、outflow portionと呼ばれ、それぞれ異なるradial forceを持つことで弁の固定、弁周囲逆流防止および姿勢維持に適切なfittingをもたらしています。弁の留置には18 FrのDelivery catheter system(図8)を用い、経心尖部アプローチはなく、経大腿動脈もしくは経鎖骨下動脈アプローチにて自己拡張型弁を比較的ゆっくりと展開するシステムとなっています。

    図8

    図9

    図10

    図11

    適応

    SAPIEN systemを用いたrandomized controlled trialで、従来のAVRが施行不可能と判断されたハイリスク症例に対する保存的治療vs.TAVIの比較試験(PARTNER US trial cohort B)の結果が2010年に報告され8)、TAVIの有用性が証明されました。このtrialは平均年齢83歳、平均STS score 12%のAVR施行不能症例358例を無作為に保存的治療群およびTAVI施行群に割り付け、追跡期間の総死亡率をprimary endpointとしてTAVIの有効性を評価したものです。その結果では、1年後の総死亡率=30.7%vs.50.7%にて有意にTAVIが低値を示し、また運動耐用能もTAVI群にて大幅に向上していることが示され、TAVIはAVR施行不能群に対する推奨有効治療と言えることが明らかとなりました。 患者背景が極めて不良なため、外科治療との比較は困難であるが、TAVIの初期成績の報告では留置成功率74∼100%、30日死亡率0∼25%、脳梗塞0∼10%と満足しうる初期成績が報告されています9)。またカテーテル留置型生体弁という特殊な性質から、その遠隔期成績が注目されていますが、歴史が浅く報告が限られているのが現状です。ただし、最も初期からTAVIを施行しているカナダのWebbらのチームからは、平均3.7年の観察にて有効弁口面積は1.4m2と維持され、AR1∼2度=84%、 structural valve deterioration(構造上の弁の劣化)は認めなかったとの報告があります10)。
    本邦における現時点においてのTAVIの選択基準は一般的に①複数の心臓外科医および循環器内科医が大動脈弁置換術を安全に施行することが困難であると判断した例、②心エコー検査により、 大動脈弁間平均圧較差が40 mmHg以上、または最大血流速が4.0 m/s以上、または大動脈弁口面積が0.8cm2未満である加齢変性大動脈弁狭窄症例、③大動脈弁狭窄に起因するNYHA class分類Ⅱ度以上の症候を有する例となっています。開心術がハイリスクかどうかの基準はたとえばlogistic Euro SCORE15%以上、またはSTS score 8%以上とする考え方もありますが、全周性の大動脈高度石灰化(porcelain aorta)、酸素依存性呼吸不全、縦隔への放射線治療歴、胸壁奇形、患者のfrailty(フレイルティ:虚弱度(図12):年齢だけでなく、実際の日常生活の活動や生きる意欲・体重の変化・歩行速度・握力・栄養状態・認知症の有無や程度などを評価)など必ずしもこれらのスコアに反映されない傾向にあり(図13)、 スコアリングに依存することなく総合的かつ多面的な判断を行うことも重要です。

    CSHA虚弱スケール(=Frailty)

    1. 1.非常に健康-壮健、活動的、精力的、かつ積極的な状態。一般に定期的な運動を行っている。当該年齢層において最も健康な状態。
    2. 2.健康-活動性疾患の症状は認められないものの、「カテゴリー1:非常に健康」には至らない状態。
    3. 3.健康(合併症の治療を受けている)-「カテゴリー4:脆弱」に比べて、病状が良好に管理されている状態。
    4. 4.脆弱-他者への依存は認められないものの、「動作の鈍化」または病状を訴えることが多い状態。
    5. 5.軽度虚弱-日常生活関連動作を限定的に他者に依存している状態。
    6. 6.中等度虚弱-日常生活関連動作に介助を要する状態。
    7. 7.重度虚弱-日常生活動作を完全に他者に依存している状態、または末期症状

    図12

    A global clinical measure of fitness and frailty in elderly people” – Reprinted from, CMAJ _0-Aug-05; 17_(5), Page(s) 489-495 by permission of the publisher. © 2005 Canadian Medical Association

    図13

    手術手技

    全身麻酔下に経大腿動脈アプローチ(trans-femoral approach:TF)では大腿動脈を、経心尖部アプロー チ(trans-apical approach:TA)では左室心尖部を左小開胸下に露出する(図14)。ヘパリン投与後にメインシースを挿入し、 guidingとなるstiff wireを適切な位置に留置し、大動脈基部の造影を行い、 弁輪を水平に観察できる角度(perpendicular position)を確認します。バルーンカテーテルを用いて高頻度右室ペーシング下にバルーンカテーテルによる前拡張を施行し、生体弁をマウントしたデリバリーカテーテルをメインシースより挿入し、大動脈弁位まで進めます。大動脈造影および経食道エコーで適正な位置を確認しながら、再度高頻度右室ペーシング下に弁を留置します(図15)。

    術後管理

    当院では全身麻酔後、術直前にペーシングリードを右内頸静脈より留置する。術後は手術室で抜管を行い、翌日より食事を開始します(食事に関しては高齢者が多いため、嚥下確認を行った後開始している)。麻酔自体も局所麻酔で行うこともあります。ペーシングリードに関しては当院ではTAVI術後24-48時間は留置し、不整脈の問題がなければ抜去しています。CoreValveに関してはSAPIENより遅発性にブロックが起きる可能性があるため(自己拡張型であるため)、少し長めに留置しています。TA後の術後の経過で特に留意するべき点は、小開胸による疼痛です。当院では開胸時にロピバカイン(アナペイン○R)による肋間神経ブロック麻酔を行ったり、術後PCA(Patient Controlled Analgesia:自己調節鎮痛法)ポンプを使用したりし疼痛をコントロールしています。疼痛の遷延化は喀痰排出や深呼吸などの理学療法が十分に行えず、呼吸器合併症の発生に関与します。 一般病棟に転出してからも心臓リハビリを継続し、経過に問題がなければ術後1週間で退院しています。

    図14

    図15

    おわりに

    虚血性心疾患の治療においては2011年ACCF/AHA/SCAI合同ガイドラインにおいて導入されたHeart team approachの概念があり、クラスⅠの推奨事項とされました。TAVIにおいても、①患者の医学的状況、解剖学的状態の検討、②TAVIあるいはAVRどちらが技術的に適しており理にかなっているか(TAVIのアクセスルートに関しても)の検討、③治療戦略を決定する前に患者に情報を提供し治療法について話し合うことは、循環器内科医と心臓血管外科医とだけではなく、麻酔科、解剖学的状態を決定する上で重要な放射線科医、生理検査技師のほか、看護スタッフ、frailtyを判断し、術後のADLを向上するのに重要な役割を担うリハビリテーション科などの参加するHeart teamでのapproachが必要です。TAVI時代において、Heart teamという新しい概念で循環器内科医と心臓血管外科医だけでなく麻酔科、放射線科、リハビリテーション科などが1つのチームとして治療方針の決定に関わることが今後ますます重要となっています。

    TAVI team